沖縄からみえる世界   地球・環境・生命・宗教  ・先住民

人間が誕生し20万年が経つ。12万5千年前より火の利用を始め、10万年前にアフリカを出たと言われている。そして、5千年前にエジプト、黄河をはじめとする初期の文明が起きた。それから約2800年前になるとローマ時代が始まる。 つい250年前に産業革命が起きると、地球・環境・生命・宗教・先住民へ大きな影響を与え始める。西暦2017年の現在より、過去、未来を考える。

長崎県、川棚町、川原(こうばる)に行ってきて

諸用があり九州を訪れている。

つい数ヶ月前、ネットで石木ダムの問題の事を知った。
動画や川原(こうばる)の画家の魚や鳥の絵を見て、興味が湧いた。

沖縄にはない九州の山々、田園風景は、綺麗だと感じる。

 

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今回は”石木川まもり隊”

ishikigawa.jp

の方に事前に連絡を取り、案内をお願いした。

ここには収まりきらない多くの歴史的経緯を聴き、50年という半世紀に及ぶ人々の歴史に、想像力が追いつかなかった。

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50年前、当時の佐世保市は工業化等によって水の供給を増やす必要があるということで、石木川を堰き止め、川原区に立ち退いてもらい、ダムを建設する計画を立てた。
しかし、住民は先祖伝来の土地を離れることを望まず、結局、機動隊なども出して強制測量までしたが、今までダムは完成していない。
その間、市の工業化は成されず、そこに日本最大規模のハウステンボスが建設された。さらに、近年、市の人口は減少していて、明らかに水の供給は足りているとのデータが公表されている。

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それなのに、何故、今もダム建設に固執するのだろう?

そこに、ダム建設の利権が関わっていることを疑わざるを得ない。

この50年の間に、50数世帯が立ち退き、13世帯が残っている集落にはまだ人々の営みが見えた。

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何件かの農地が強制収容されたが、そんなことを意に介さず、まだ農民が、淡々と作物を作っている。


突然、川原区の入り口辺りだろうか、山が大きく口を広げるように削り取られていた。
ダムで沈む川原を迂回する為の道路建設ということだ。

座り込みをしている方々の簡易テントに行き、それから座り込みをしている、工事現場にも行ってみた。中に入っていくと、県の職員方が出てこられて、入らないで下さいと制止されてしまった。理由を伺うと、ここは県が買収した土地で、工事現場で危ないということだった。工事現場には数十名の県の職員が詰めているようだ。

県の土木課長だっただろうか、私達の前に数名で立ちはだかり、現場から出ていって下さいと言われた。すぐそこに、反対している住民達が一台の重機を囲むように座っている。私はあの方々に少しお話しを伺いたいと、課長と思われる方にお願いしたが、承諾してもらえず、しばらくそこから、祈りを捧げた。

 

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辺野古と同じだ。座り込みを始めた私達沖縄県民は連日の座り込みに辟易している。
国や行政は座り込みを違法だというが、もし、自分の目の前で“大切なもの”が壊されるとしたら、体を張ってでも、止めるのではないか?

法的な手順を踏めば問題ないと考えるのは人間の思い上がりではないか。

国の法律などつい最近人間が作ったもので、不備だって多い。

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勿論、国民として法律を遵守する事は大切だが、石木ダムの座り込みの人達の疲弊の様を見て、私は涙が出そうだった。

石木ダムの工事の強行は憲法に違反している。
法律を悪用し、人を苦しめ、自然をだめにしてはいけない。
暫くは私の心の中に石木ダム座り込みの人達の姿が消えることはないだろう。
現状は大変苦しくても、彼らの顔に笑顔が消えることのないよう、沖縄から祈る。

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100%の勝利なんて絶対存在しない。

時代はいつも動き続けていて、人間はいつも、その時代、時代にずっと問われ続けながら、何かしらの選択をしてゆかなければならない。

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